’18年11月 一緒に頑張って       よかったね(涙 の物語






12月 師走
如何お過ごしでしょうか?
年内にスッキリしたくて
あれこれ忙しくしてる方も
多いことでしょう。

こんにちは
Mrs.&Mr.小柴は
今月も元気に
働いています。







北海道の冬
本気を出し始めました。

12月10日ころから
一気に降り始めましたよ。

積雪も
気が付けば早や
50cm超

許容量の1/3に
達してきております。







ただ、ですね・・・

冬は
降るものが降らないと
冬の役目が無いわけで。

ちゃんと雪が降って
山が水を湛えてくれるから
私たちは農業に勤しむことが
出来るわけで。

ちゃんと冷えてくれるから
土は休むことが
出来るわけで。

季節には季節らしく
雪が降って凍れてくれるのが
生産活動に大切なんですよね。







先月報告の通り
今年の活動も
ひと段落つきました。

そして今
今年を総括し始めておりますが
秋の頑張りが功を奏したのか
神様が私たちを見ていてくれたのか
思っていたほどの大惨敗は
回避されたようなんです。

代表が呟いた言葉
「一緒に頑張ってよかったね(涙」

今月はこれを軸に
お話を進めて参りたいと思います。








「農業は 人生を賭ける 価値がある」





<経営理念>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語



北海道 小柴ふあーむ
公式ホームページ



11月30日
蘭越町温泉施設「幽泉閣」
の出店を〆て
今季の営業活動のすべてを
終了させていただきました。

沢山のお引合い
誠にありがとうございました。







春のアスパラ

生産量のみならず
お引合いの数も
これまでに無い盛況で
本当にありがとうございました。

ダブルの保存袋が
やはり喜ばれまして
一気に食べきれないお客様に
お役に立てたようです。







夏のメロン

熟度追及の意味が
お客様へダイレクトに
伝わりました。

大きなリスクを冒し
かなり神経質な管理となりますが
その分だけ
一味違う手応えをお届け出来て
嬉しい反響となって
帰って来ました。







秋のメロン

夏の生産量減少を埋め
これまでの技術改良が
奏功した結実となり
追加の御注文に
応えさせていただきました。







秋のかぼちゃ

じつは
夏の苦戦を埋め合わせた
大殊勲が
メルヘンかぼちゃでした。

お客様の引き合いが
もの凄くて
追加につぐ追加で
御用意した在庫を
すべて完売
させていただきました。







小柴ふあーむのこども達は
日々を忙しく送られる方に
季節の節目を気付かせてくれる
北海道ニセコからのお届け物として
年々評価が定着しつつあります。

北海道とつながった
あなただけの季節感を
北海道 小柴ふあーむ が
お届けします。

待ってワクワク
届いてニッコリ
食べてジンワリ

大切な方と分け合って
嬉しさ倍増の春夏秋冬
いまから始まる今年一年の
「季節を耕す物語」です。


今年見逃したあなたにも
来年こそはお会いできるよう
安定かつ充実のラインナップで
代表とともに
お待ち申しております。

来年こそは ぜひ!
お試しくださいませ














〜勇気ある生き様〜
フェイスブックページ



インスタグラム
ツイッター
フェイスブック
アメブロ

各種SNSで
最新情報を現場から
随時アップ中!

臨場感タップリに
「季節を耕す物語」 を
リアルタイムで
提供しています。

天気のめまぐるしい変化
日々作業の進み具合
目を見張る作物たちの成長
そして
私たちの 喜怒哀楽

ネットであなたがご覧になる風景は
同じ時に私たちが現場で見ていた風景
リアルタイムのアップで
お互いの季節を共有しましょう。

本当にお届けしたいものが
ここに詰まっています。

「季節を耕す」とは
どういうものか?

小柴さんちは今日
なにをしてたのかな?

北海道は、ニセコは今日
どんな天気だったのかな?

生産者でしか気付けない視点
地元ならではの臨場感を
皆さんにもお分けしたく
毎晩更新しています。

ニセコの今を
どうぞチェックしてみてください。











今月のテーマ
一緒に頑張って      
     よかったね(涙 の物語



あらためまして
今月のテーマ

「よかったね」
のお話しについて







先月も報告しましたが
波乱に満ちた
今年一年が
やっと、終わってくれました。







眠れぬ夜が
幾度もありました。

運を天に任せるつらさ
幾度もありました。







それでも
最後にはホッと一息
つくことが出来ました。

天の助けがあったのは
言わずもがなですが
それを取り逃さぬ所まで
我慢して漕ぎつけて来た
代表と一緒の行いが
基盤になったと思います。







一緒に頑張ってよかったね(涙

代表が図らずもこぼした
この一言に
この一年の苦しさが
滲み出ています。

やり切った面持ちで出かけた
15年ぶりの本格的な旅行で
少しでも癒してあげられただろうか

今月は
なんとか穴を埋め合わせられたような
安堵の雰囲気の表情で
小柴ふあーむの様子を
お届けいたします。

どうぞお楽しみに!










今月のフラッシュ




 ’18年11月 一緒に頑張って       よかったね(涙 の物語

 


'18年11月 「一緒に頑張ってよかったね(涙 の物語」
Youtube動画へ GO!

こちらをクリックしてください。
Youtubeに登録されている小柴ふあーむの動画へ
ジャンプしていきます。

全280枚  All rights reserved @北海道 小柴ふあーむ










今月のあれこれ









「車検」


身体も定期検査が
必要です。
そろそろ遺伝子異常とか
老化現象で機能不全が出る
そんな歳になって来ましたから。

私の場合
50代に入ってから
上部消化管と下部消化管の
内視鏡検査を心掛けてます。

4〜5年に一度
直接視てもらいます。

急性進行の場合
それでは間に合わないかも。
でもその場合は
どんなことしてても
やっぱり間に合わないから
諦めるしかないのかな・・・

実際に覗くと
いろんなものが
分かります。

自分の身体の特性を知り
カルテを積み上げることで
変化を合理的に
判断しやすくなります。

医師も技術者
データの扱いに協力して
診察の確度を上げやすいよう
私に出来ることは
やりたいと思います。

ちなみに
5年前の検診と比べて
変化ありませんでした。
余計なものも無し。
車検、終了です。









「11月21日から始まった 冬」


暖かくて助かった
今年の長〜い秋も
どうやら11月21日で
終わったようです。

明け方
窓の外は一面の
白銀の世界

眩しいほどに
輝いてました。

冬よ、こんにちは!

これから4ヶ月
どうぞお手柔らかに(^^









「15年ぶり!」


人生の一時期
あれほど飛行機に乗っていたのに
北海道に来てから
いっさい縁がありませんでした。

飛行機
大好きなんですけどね
知らぬ間に
トラクター大好きになってましてw

まるで小学生のように
窓にかじりついて
ワクワクしてしまいました。

今般
良縁に恵まれて
親としての務めを果たすべく
九州へ行って参りました。

こういう形で
北海道から出掛けるとは
移住当初は想像してませんでした。

色んな意味で
ワクワク ドキドキ

仕事もなんとか
片が付いたこともあり
充実した気分で
機上の人となれました。










「ビバ、福岡!」


息子らの生きた街
福岡にやって来ました。

この9年間
代表は2回目
私は初めて

入学式も 生活設営も
すべて本人任せが
我が家のやり方。

卒業式もムリだから
この機会にぜひ!
ということで
彼らの青春の街を
訪ねました。

福岡の街
さして大きくない規模に
もの凄く高密度な凝縮を
感じました。

ひと、モノ、カネ に加えて
文化とエネルギーの
高次元な活性状態

街全体が
躍動し 発露し
高輝度で発光してる。

博多(はかた)としての誇りが
そこらじゅうに横溢してて
各々のエネルギー準位が高い。

息子らが生きた
青春の街

そのエネルギーに
目が潰れそうでした。








「交点」



そして、朝

福岡の街を歩いて
何を見ていたか?

そこに
息子らの後姿を
投影していました。

煌びやかな繁華街の
片隅にひっそり佇む
場末のうどん屋

絶え間ない交通量の
信号の向こうにある
駅の改札

おそらく
私たちの動線は
息子らのいつかの動線と
交わっていたことでしょう。

それが朝だったのか
それとも夜だったのか

勉強明けか
バイト明けか

仲間とともに
彼女とともに
あるいは 一人で

イイ気分の時もあれば
沈んだ気持ちの時も
孤独な時も 絶望の時も

やつら
この動線と交わってた時
どんな顔をしてたんだろう
どんな横顔だったんだろう
どんな後姿だったんだろう
どんな格好で歩いてて
財布にはいくら入ってたのか

あえて一人旅を勧めた
突放し気味の親だったけど
奴らはそれを受け止めて
なんとか自力で
踏ん張ってくれたか。

奴らへの労いと
幾ばくかの贖罪とともに
博多、天神の街を歩き
そこに居たであろう
奴らの幻像とともに
ちょっと しょっぱい酒を飲み
うどんをすすりました。

息子ら
おまえ達、よく頑張った。








「ビジネスホテル戦線」


寝具戦争に入って久しく
マットレスや枕の高機能化は
一巡したようですが

久しぶりに
各地のビジネスホテルを歩いて
いまは
水周りと机周りの競争だと
実感。

水周りの高機能化
たとえば
バスタブ廃止の代わりに
全身シャワー化とか

入口引き戸化と
トイレ領域の拡大とか

また
ビジネス客の要望に応え
机と椅子の高機能化が
進んでました。

宿に帰ってからの
資料準備やり直しとか
出張時によくあるパターン。

抑えた費用で
大事なところを選び
補強する。

ユーザーにとって
ハード面とソフト面の
両方でバックアップする。

当然、投資を伴うので
その回収見込みに対しては
重い経営判断が必要。

おそらく
多くの顧客情報やリサーチで
潜在する価値観を
掘り起こしたものと思われ。

ヘビーユーザーにとっては
たしかに
水周りと机周りの充実は
この上なくリフレッシュ効果が高い。

あとは
枕元での照明一括管理
これが徹底してくれれば
ビジネスホテルのレベルは
ほぼ文句のつけようが
無くなりますね。

ビジネスマンへのサポート
素晴らしい進化だと
実感しました。










「弛まぬ進化」


久しぶりの移動では
社会のたゆまぬ進化も
実感しました。

私が会社員だった頃の
1ランク上のサービスが
いまは当たり前になっています。

たとえば
新幹線のシートの高機能化

クッションの肉厚化
リクライニングの無段階化
テーブルの拡大と強度向上
シートピッチの拡大

20年前の在来線グリーン車に
匹敵するような向上です。

車両だって
高速化が図られてるのに
振動・揺動対策が万全で
本当に揺れないし
静かです。

駅のホーム
安全柵が完備されて
運行と見事に連動してるし
ベンチ類だって
冷たくないレザー張り。

あの頃
身体が覚えている
あれこれ

その殆んどが
地道に改良されて
解決されてます。

現場からの打上げに加えて
資金調達と回収を含めた
経営判断もあったことでしょう。

でも一連の進化で
利用者の安全と快適が
振り返ってみたら劇的に
進化を遂げている。

ここ、大事です。

目先の派手さを追いかけ
手っ取り早い成果(?)の
自己満足で済まそうとする。
そんな経営に
お客様の信用を
無駄使いさせるわけには
イカン!と思います。

これは
社会と関わる「経営」として
倫理観の問題だと思います。
流行りで言うところの
ガバナンス
コンプライアンス
リテラシー
等などの観点。

ただ目立てば良いという
幼稚で軽薄な進め方でなく
頂いた御代の幾ばくかを
継続的に投資へ回し続けて
お客様への還元を図る。

それが
長く培われる信頼関係の
基礎の基礎だと
私は思います。

今回の社会見学wにより
私は浦島太郎だったかも
しれないけれど
その分
進化代を明確に認識出来て
今後の糧とさせてもらえました。

いや、イイ旅でした。





















「真の『鎮魂』とは何か?」


かねてから懸案の
呉に行って参りました。

「この世界の片隅に」で
ひと際脚光を浴びた


そんななる前から
もともと歴史の街であり
近代日本の発展の
中心的存在でした。

人類にとっては
悲しくも避けられぬ現実ですが
社会の進歩は
政策と技術と経済による
二人三脚で加速して
しかも
軍事技術が
その先端をリードします。

軍事技術から 民生技術へ
裾野を大きく広げて
国の基盤を築きます。

軍事、というと
過敏なアレルギー反応を示す方も
時々いらっしゃいますが
政策も技術も経済も
軍事と民生の明確な境界は無く
たとえば
お米一俵の生産も
戦略物資の内製として
軍事技術と言えるのです。

そうです
世の中の事どもにおいて
なん人も無関係ではなく
なん人も当事者であり
それでも
清廉潔白というのであれば
誰かの犠牲を厭わぬ
利己的な無責任
と言えましょう。

戦争はいけません。

でも武力行使だけが
戦争ではありません。
こうして使ってるネット環境だって
通信容量の争奪戦があるし
国の根幹をなすエネルギーは
まさに戦争であります。
日本は武力を使ってませんが
人や経済を武器として
世界と戦っています。

過去も 現在も
世界中で
命を賭けてる日本人が
そこに居るからこそ
この国は平穏に
暮らしていけるのです。

同じ罠に陥らぬよう
細心の注意を払いながらも
先人の殉国がもたらした
世界への抑止効果に
敬意と感謝を忘れず
息子や孫たちに
幸せな世を残せるように
自分の足許に集中していくことが
私たちの役目だと
思っています。

それが
鎮魂だと思ってます。















「楽しもう!などは素人仕事」


初神戸
行って参りました。

楽しい街でした。

楽しい というか
楽しそう というか
一見はそういうエネルギー
なんですが
楽しそう にしてるだけで
じつは物凄く真剣に
本気なエネルギーだと
すぐに分かりました。

楽しもう!
なんて仕事で言ってる方
たま〜に見かけますが
私は共感を得ませんね。

おまえが楽しんでどおするよ!
という感じかな?

おまえは御代を頂いて
新たな価値を提供する立場だろ?
楽しんでどおするよ!
仕事なら真剣にやれよ!

と思っちゃうところが
ありまして。

楽しむ、というのは
かなり高次元かつ
自然到達的な状態でして
自発的官能的に為せるものじゃ
ありません。

楽しもう!なんて
自分で言ってる人の仕事は
総じて悪ふざけにしか見えず
お客の立場なのに
付き合わされ感が
強いんですよね。

さて、神戸

とにかくエネルギーが
凄かった。
楽しもう!じゃなくて
楽しませてやる!という
献身的なエネルギー。

商売は大阪、と
よく聞いていましたが
神戸の商魂も
素晴らしいプレゼン力で
迫って来ました。

とにかく考えてますね。
そして実行を厭わない。
それがカリカリしてるんじゃなく
価値提供にワクワクしてる。
モテる男のそれみたいに
どうやって笑かしてやろうか
を真剣に考えてる感じ。

そして
当たりだと思ったら
一気に突っ込むパワー。
そこ、獲りに行こうよ!
という内なる声が
ビンビン伝わって来ます。

自分のエゴに拠るものでなく
とにかく反応を窺ってる。
これか?こっちか?
どうや?これ
よっしゃ、なら行くで!
みたいなコミュニケーションが
暗然と伝わって来ます。

亡き父が言ってました。

もし商売をしたいのなら
大阪か兵庫の問屋に
最低3年
できれば5年は
丁稚に行かせる。

私が感じてることが
親父の意図と合ってるかどうか
確証はありませんが
私は私なりに
大阪や兵庫の丁稚に
その意味を感じる歳になりました。

おそらく
冷飯を食え!
プライドなんか捨てろ!
おまえなんか居なくても
誰も困らないことを知れ!
という状況で
生き残る能力を身につけろ!
ということなんだろうと
思います。

どうでっか?
こんなん、エエでっしゃろ?
あきまへんか?
ほな、これならどないねん?
せやろ、うれしいわあ!

こんなやり取りのパワーが
看板一枚一枚
暖簾ひと竿から伝わり
街中に溢れていましっけ。

ありが とう!
ありがとう ね!

この念押し
出来そうで出来ない
と思いました。

価値をお届けする身として
眼が覚めるような
視界がスカッとしたような
晴れやかな気持ちに
させてもらいました。

がんばるぞ!












「天神様と飛梅伝説」


40年来の念願の地
やっと来ました!
やっと、やっと
お参りに来れました。

高校3年の頃
飛梅伝説を知りました。

やれ菅原だ
やれ藤原だ
そして平家だ、源氏だ
とタダ覚えるだけの
退屈だった日本史でしたが
さだまさし さんのライブを聴いてから
防人から大宰府、元寇まで
スッと腑に落ちたことが
あったんです。

今般
大宰府を訪ねてみて
その行政の中心地というだけでなく
軍事や物流、経済、政治の
重要戦略拠点としての要塞の顔
などなど
現地で眺めてみてこそ知る
古代日本史の有り様を
感じることが出来ました。

この浦を この道を
この山を この森を
古代の人たちも
和人も 唐人も
往来したのであろう

しかも
互いに譲れぬ課題を背負いながら
または
飲み込めぬ要求を抱えながら

国を任された人々が
いろんな思いで往来したのだろう。

あるいは
そのような行列を
田畑から 漁舟から
別世界のこととして
遠目に眺める人々が
いたのでしょう。

さて
飛梅伝説。

事の真偽はともかくとして
そのロマンチシズムと
核心に迫る含蓄に
10代から変わらぬ憧憬を
私は持っています。

遠く離れていても
精神性と本分は
忘れることなく
自ずと努めよ。

一見、弱々しく詠める
道真公の歌ですが
きちんと読み説けば
とても力強く男性的な歌だと
分かります。

各地に散り散りな
息子達への思いにもなるし
いつか別離れてしまう
代表との思いにもなるし

ともに培った大切なことは
忘れることなく
自ずと努めよ。

御札を頂き
御祈祷の最中に吹き抜けた
一陣の風

それが私達への
天神様の降臨と思いつつ
北海道まで力を
持って帰りました。











「ここから世界を考える若者が居た」


40年来の懸案
もう一つ

山口 萩

関ヶ原以降
大幅減封された
毛利藩の城下町

そして
近世から近代へ
日本が国家として目覚め直す
きっかけを作った町

私、幕末維新のお話は
もともと好きでした。

その中でも
薩摩においては 大久保利通
長州においては 大村益次郎
そして 全体を串刺しにする
吉田松陰先生

私はこのお三方の在り方に
どうしても心が
引き寄せられます。

僅か15名の松下村塾
若者たちが駆け巡った通り
政争の具にされ散った家老屋敷

山に囲まれた
この小さな町の
小さな空と海から
なぜあれほど大きく強い
発想とエネルギーが
生じたのか?

ほんとうに不思議であり
近代革命の奇蹟
と思えます。

そもそも
私がこうした分野への興味を
一層強くし始めたのは
海外に住んで仕事した事と
農業者として自営を始めてから。

自営業者の皆さんは
あまねく似た感慨をお持ちでしょうが
とくに一次産業は
領土領海と資源
それによる自立という点で
国家運営のミニチュア版を
人生を賭して実体験する職業です。

家族を養うには
次世代を育てるには
権利を確保し
交渉を乗り切り
取捨選択を厭わず
集中を怠らず
継続的な投資と回収を繰り返し
小さな火を絶やさぬよう
徐々に徐々に大きくし
連続燃焼に持ち込むが如し。

子を育てるには
原資が必要。
その為には
原料と資材と
土地と労働力が必要。
そうして得た製品を
有利な条件で交易し
利益をもって拡大再生産に
再投資する。

その原動力となるのは
理念であり 思想であり
術であり 手足であり
政であり。

そう
農業の新規参入は
近代革命時の日本と
まったく同じなのであります。

不肖私も
吉田松陰先生の銘語録を
手許に置いていて
月報を書くたびに開いて
考えをまとめる助けを
頂いてます。

志なくば立たず

刷り込まれておりますよw

幕末を駆け抜けた志士たちと
同じ空を見て 同じ海を見て
私たちの場が
なんら卑下するものではないこと
人育てさえ怠らなければ
同じように明日に向えることを
持ち帰ってまいりました。

私たちの子育ては
一見終わったようにも思えますが
それは短絡だと思います。

私たちが死ぬるまで
焼かれて骨になるまでの在り様が
子育てだと思います。
静かに でも長く深く
子育ては続くと思ってます。

松陰先生のように
立派な人間でなくとも
在り様を考え実行する事は
どんな人にも出来るわけで
それを畑で
代表とともに実践出来たらなと
願って止まないのです。

こんな話を共有できた
萩での代表との散策
それはそれは
忘れ得ぬ時間
一瞬の連続となりました。










今月も どうも
ありがとうございました。









北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」
Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語



一緒に頑張って    
   よかったね(涙 の物語













息子三人のうち
まず一人が
良縁に恵まれまして
目出度く縁組となりました。







今年は前半戦で
計画の半分しかメロンが獲れず
顔面蒼白の緊張状態と
なりました。

その欠損も
後半戦の持続的頑張りで
約8割は埋め戻され
とりあえず経営体としての
体裁は整えられるまで
挽回する事が出来ました。







息子のこと
経営のこと
遅れて来た28年目の
銀婚旅行のこと

そんな色々が混濁して
絵も言われぬ安堵感が強かった
今年の11月末です。

先月の 遅生メロンの時
思わず代表が呟いた一言

それがもっと深い溜息とともに
再びこぼれて来た
今般の旅でした。







代表はとても素直で
控えめな人です。

妬むとか 僻むとか
怨むとか 憎むとか
まず無い人です。

私が育った家庭の女性連中とは
まったく趣を異にする人
だから結婚できたわけですが

それが故なのか
ときどき
心底からこぼれる
ピュアな言葉を
呟くんです。







15年前
北海道にいよいよ上陸する時は

「とうとう来ちゃったね」

その一言に
答えようの無いプレッシャーと
申し訳なさと責任の重圧が
圧し掛かって来ました。








しかし、その2日後
山奥の空き山荘に荷物を搬入して
虫だらけの中を掃除して
なんとか寝る場所を確保した夜
初めて作ってくれた
代表の晩御飯

私の好きな
豆腐と揚げの味噌汁に
生サケの焼いたのと
マグロの刺身で
とりあえず人心地付いた
北海道初の晩御飯
あの温かい飯の素晴らしさは
死んでも忘れられません。

そう、あそこから
私たちの北海道の道程は
始まりったのです。







一緒に頑張って
よかったね(涙

畑仕舞いの時のそれは
12年掛かりでモノに出来た
遅生メロンに対する言葉でした。

でも今回の旅行で
萩を散策中にグスッとくぐもる声で
代表が呟いた一言は
この15年の道程に対する
深い呟きだったと
私は思います。

その時、この私も
同じことを考えていたので
よけいに深く聴こえちゃって
なんか妙に
しんみりしてしまいました。







3年遅れの
銀婚旅行

本当はそんな予定は
無かったけれど
息子が手引きしてくれて
代表孝行が実現したという

息子の気遣いのみならず
お嫁ちゃんのさりげない手助けに
素直な気持ちで
良い時間を作ることが
出来ました。







この15年
本当によく頑張ってくれました。
本当によく一緒に居てくれました。

まだまだ苦労は続くでしょうが
報われぬ苦労は
させないつもりです。

色々あったけど
こんな道程もアリだよね(^^

と言ってもらえるように
まだまだ頑張りたいと思います。

ですから これからも
明日を信じて 未来を夢見て
私と一緒に
頑張ってください

代表どの







今月はこんな思いで
綴らせていただきました。

どうもありがとうございました。












北海道 小柴ふあーむ
公式ホームページは
こちらから!



私たちの生い立ちを
スライドショーでご紹介しています。

そして
御注文の窓口も
御用意してあります。
出来るだけ御手間をとらせぬよう
御注文ページへストレートに行けるよう
ボタンを明確にしてあります。
どうぞご利用くださいませ。



また
日々の現場風景を
フェイスブックページ
オンタイムでアップしてまいりますので
ぜひともご覧ください。

季節を耕す物語 が
ここにあります。

メルヘンかぼちゃの御予約
まだ大丈夫です!

この機会にぜひ
小柴ふあーむのこども達を
お試しくださいませ。

















次回報告は
新年 1月中旬

御屠蘇気分を覚ましながらの
報告となります。


今年もどうもありがとうございました。
改めて御礼申し上げます。
皆さまにとりましても
良い新年となりますよう
代表とともにお祈り申し上げます。







来年もまた
心機一転 健やかな気持ちで
精進してまいります。
今後ともどうぞよろしくお願い申し上げます。

それでは
新年一月報告までどうぞお元気で!













こちらもどうぞ ご覧ください!
Nisekoの楽しい季節がたっぷりと紹介されてます。



北海道 小柴ふあーむ
公式ホームページ
ご注文は こちらから!



ツイッター


フェイスブック


ブ ロ グ


月 報

 





北海道 小柴ふあーむ
〒048-1302 北海道磯谷郡蘭越町昆布町114番地4号
Tel/Fax (0136)50-2025
メールでのお問合わせ :  info@koshy-niseko.com

すべての画像・文章・デザインの著作権は、 北海道 小柴ふあーむ に帰属いたします。
無断転載や利用の一切をお断りいたします。