'15年10月 想ひ出ぽろぽろ 立冬の物語







ラグビー、プロ野球、サッカー
スポーツの秋も幕を閉じ
冬までのちょっとした空隙に
一瞬の虚無感が漂う初冬の候
皆様いかがお過ごしでしょうか。

北海道Nisekoより
御挨拶を申し上げます。

Mrs.&Mr.小柴は
きょうも元気に働いています。







北海道はこの時期
カンプウ会なる独特の文化が
あちこちで催されます。

楓を観る会と書いて
観楓会です。

ニセコの温泉宿でも
観楓会の小規模団体さんが
あちこちでお泊り宴会を
繰り広げております。

皆さんのお住まいでは
どんな秋の宴会がありますか?







10月13日
台風崩れの暴風雨が明けた朝
初雪が降りました。

紅葉の季節は
雪に追い越され
暖かい9月はどこへやら
10月を無視して
いきなり11月の寒さになりました。

秋作のメロンやズッキーニには
とても厳しい秋となりました。

今年の秋の訪れは
不連続で繋がりが悪かったですね。








「農業は 人生を賭ける 価値がある」





<経営理念>
「農業は 人生を賭ける 価値がある」
Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語



北海道 小柴ふあーむ
公式ホームページ



今年の発送も
冬至かぼちゃ「雪化粧」を
残すのみとなりました。

申し訳ありませんが
予約申し込みは終了し
発送待ちのお客様への対応のみ
とさせていただきます。

今年一年の御愛顧
誠にありがとうございました。







小柴ふあーむのこども達は
日々を忙しく送られる方々に
季節の節目を気付かせてくれる
北海道ニセコからのお届け物として
年々好評が定着しつつあります。

北海道とつながった
あなただけの季節感を
北海道 小柴ふあーむ が
お届けします。

待ってワクワク
届いてニッコリ
食べてジンワリ

大切な方と分け合って
嬉しさ倍増の春夏秋冬
いまから始まる今年一年の
「季節を耕す物語」です。


今年を見逃したあなた
来年はさらに充実のラインナップで
御期待に応えますので
どうぞ楽しみにお待ちください。

皆さまのお越しを
代表とともに
心より
お待ち申し上げております。










〜勇気ある生き様〜
フェイスブックページ



フェイスブックページでは
最新情報を日々アップし
臨場感タップリに
提供しています。

作業の進み具合
作物たちの育ち具合
天気のめまぐるしい変化
そして
私たちの喜怒哀楽

本当にお届けしたいものが
ここに詰まっています。

「季節を耕す」とは
どういうものか?
こちらをご覧になれば
私たちが目指すスタイルを
感じていただけることでしょう。

小柴さんちは今日
なにをしてたのかな?

北海道は、ニセコは今日
どんな天気だったのかな?

生産者でしか気付けない視点
地元ならではの臨場感を
皆さんにもお分けしたく
毎晩更新しています。

どうぞチェックしてみてください。






今月のテーマ
想ひ出ぽろぽろ 立冬の物語



あらためまして
今月のテーマ


秋の追込み時期に
立て続けに訪れた
お別れ三重奏

事の軽重はあれども
共に過ごした時間を慈しむ点で
いずれも寂寥を伴う
想ひ出深い別れでした。

別れの三重奏

今月はその一つずつについて
過ぎし時を手繰りながら
お話を進めてまいります。







人も物も
形あるものは
必ず滅びます。

いずれ寿命を迎えます。

分かってはいますが
心の準備が間に合うかは
また別の話です。

目前の現実に対応しつつ
心の準備も進めつつ
相互のバランスを取りながら
人は一日一日の
歩みを進めます。







あとからタラレバを言っても
詮無いこと。

人は自分の悲劇は感情に溺れるくせに
他者には現実的突き放しをしてしまう
薄情な側面も持ち合わせます。

それは縁の遠近に関わりなく
その人の素性により
幼い時のままに
壮年老年になっても
相変わらず垂れ流され
周囲の顰蹙を買い続けます。







そんな世の理不尽がある一方で
あり得ない情に触れる事もあるわけで
人を傷つける言葉が刻まれると同時に
人情もまた、一生忘れ得ぬ瞬間として
場面や匂いや音ともに
脳裏に刻まれて、しかも
人格に影響を及ぼし
後の人生を豊かにしてくれます。







利己的で薄情な人は
そういう人と出会って来たのでしょう。

温情的で篤実な人は
やっぱりそういう人と出会ってきたのでしょう。

人は出会って来た人や過ごしてきた環境に
自分の存在を委ねます。
だから
その人の言動や行動を見れば
育ってきたフィールドでの
喜怒哀楽のバランスが
見てとれます。


出会いと別れを繰返し
受け継ぐもの
授かるもの
大切にするもの
そして
詫びて償うもの
自分というものを
責任もって管理していく覚悟を
改めて認識する
それが、人だと思います。


今月はその数々を
204枚の写真と共に
お伝えしましょう!










今月のフラッシュ

'15年9月 苦の時は暫しにして 楽の時は久しきを
'15年10月 「想ひ出ぽろぽろ 立冬の物語」
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ジャンプしていきます。

全204枚  All rights reserved @北海道 小柴ふあーむ









今月のあれこれ







10月

私の誕生月であります。
あっと言う間の55歳
特に会社を辞めると決心し
準備を始めた30代後半から
あっと言う間の20年でした。

カツカレーと
セブイレのおやつと
思いつきのピザで
代表がお祝いをしてくれました。







不安定な大気

秋とはそういうもの。
まだ熱を持ってる大地に向かい
冷たい空気が上から被さる。
当然大気は上へ下への大騒ぎ。
騒ぐ度に雨粒が出来て
吹き荒れる風と共に
そこら中に飛び散ります。

そうやって
大地と大気の熱交換が進み
徐々に馴染んで行くのです。
つまり
冬の気候として安定します。








秋の稔り
熟成メルヘンかぼちゃ

今年も
美味しいかぼちゃが
出来まして
皆さんに喜んでいただけました。

相変わらず絹のような
しっとり感
喉の奥で溶ける
きめの細かさ
口に入れた瞬間の
ほっこり感との対比が
よけいに美味さを際立たせます。








畑の紅葉

今年の紅葉は
早かったですね。
10月の急速冷凍で
見る者には嬉しい
綺麗な紅葉でした。

ところが作る者には
恨めしい程の急速冷凍
いくらハウスで囲っていても
作物たちは一気に弱りました。








秋の稔り
熟成メルヘンかぼちゃ

いまだ鉄腕ダッシュからの
声は掛かりませんが
自分たちの好きな味のかぼちゃを
シコシコ作り続けています。

お客様への直送と
市場への流通と
いずれも有難い値段で
引っ張ってもらってます。







新じゃが
キタアカリ

留寿都村の玉手農園さん
お付合いし始めてから
8年。
生産物の取引だけでなく
直売農家としての指南も
たくさん頂いてます。

イモを引き取り
お別れの言葉はいつでも
「お互い頑張りましょう」
だから
普通以上に美味しく感じる
人と為りが出す美味さです。







かぼちゃとイモの
コラボレーション

これが大好評の
セット商品です。
あまりにも大好評なので
来年はイモのプレゼント範囲を
広げようかと思案中。

だってそれだけ
たくさんのお買い上げくださる方が
増え続けているのだから
無料プレゼントで応えなきゃ
申し訳ないでしょう?







極遅メロン
最後の収穫

今年も最後まで
頑張って育ってくれました。
反省点をなかなか克服出来ず
技術力の不足を痛感。

でも限界条件での
この特別作型があるからこそ
標準作型での技術向上が
得られてます。

レーシングフィールドで培う
自動車技術と同じです。








秋の稔り
熟成メルヘンかぼちゃ

全国でお待ちのお客様に向けて
一斉発送されました。
「一斉発送」
これは我が家ならではの
在り方です。

まだ小さな経営だから可能な
適期最優先主義の
為せる業です。








メロン屋のズッキーニ

ハウスの中にも霜が降り始め
今年の収穫も投了です。
来年への改善点も整理して
さらに技術向上を目指します。

磨く腕なら何本でも差し出しますよ。






10月15日
朝 5時40分

この写真を撮ってた
まさにこの時
福島の親父殿が
病院に緊急搬送されて
ベッドで喘いでいたのでした。

同じ空の下で
あっちとこっち
それぞれの時間が
流れていました。








離れて暮らす親父殿
緊急搬送の報を受け
畑を代表にお願いして
取るものも取りあえず
一路、福島へ。

こういう時を予測してましたが
それが今、来ました。
自分が浮遊してる
不思議な感覚に舞っていたのは
船の揺れのせいだけでは
なかったのでしょう。






そして親父殿は
空へ昇って行き
白い欠片となって
私の手元に
帰って来ました。

お見送りの時は
いつもそうです。
待合室の風景を
何十年経っても
憶えています。

今回の風景も
長く記憶に留まるでしょう。

誰がどこに座り
どんな話をしていたか
記憶から消えることは無いでしょう。










25℃の福島 から
0℃の北海道 へ

10月31日
福島から畑に帰りました。
これが日本です。
これが四季をもたらす
日本の地理です。

厳しくも豊かな風土の広がり
だから農業者は
生きて行けるのです。







そして相棒の喪失

かぼちゃの出荷で
大忙しの私たちに
さらなる打撃が。

軽トラが腐食で
アウトです。

浜松からニセコまで
ずーっと一緒に稼いでくれた
代表の次に愛情湧く相棒
スズキ キャリイに対して
廃車の宣告が下りました。

物要りのこの時期に
なんということか。

しかし
感傷に浸ってる暇はなく
算段に手を打たねばなりません。
仕事は止まらず続いてるのです。
これも現実
しかも直近の。







心付け

私たちが凹んでいるのを
支えてくれるかのように
弘前から 函館から 長野から
「通りすがりだよ」って
立ち寄ってくれる友達。

お土産持って
お買い上げくださり
注文より余計に送ってくれ

分かってます。
偶々じゃないんだって。
敢えて都合付けて
回り道してくれたんだって。

憎いよね、大人の気遣い。
泣けるよね、こういうの。







朝獲りアスパラ

夏に蓄えた養分を
根っこに流し込み始めました。
身体がみるみる黄色くなり
金色に光り輝き始めました。

秋の気候のせいでしょう
今年の金色は鈍く
冴えがありません。
しかし言い換えれば
地際まで時間を掛けて
深みのある進行です。

これが来春の恵みの
原動力となるんです。
だから雪に潰されるまで
最後の最後まで
今年の栄養を
キッチリと流しこんで
絞り取るつもりです。








来年の土作り

海のミネラル堆肥を
50mハウスに2トンずつ
タップリ振って梳き込み
ひと冬、雪の下で
寝かせます。

有機物と微生物を
土と馴染ませて
渾然一体と膨らませ
瞬発力より持久力ある土を
育てます。

農業は
作物を育てる仕事でなく
土を育てる仕事です。








今月も どうも
ありがとうございました。









北海道 小柴ふあーむ

「農業は 人生を賭ける 価値がある」
Nisekoから世界へ! 季節を耕す物語



想ひ出ぽろぽろ 立冬の物語







世話になったおばさんとの
想ひ出







私たちはこの地に来て
色々な方に教わりました。
メロンの栽培技術についても
まさしく何人にも教えてもらえました。

その中のお一人
うちのお向かいで頑張ってた
ベテランのおばさんが
亡くなりました。







「毎年が1年生」

農家の先輩が良く言う言葉です。
亡くなったおばさんも
口癖のように言ってました。
でも私はその言葉が
嫌いでした。

何かがあっても不問に帰す
思考停止の一言と映ったから。

なぜもっと 考えようとしないんだろう
なぜもっと しつこくないんだろう
なぜもっと 挑戦しないんだろう

でも今になって思うのは
心の在り方を言ってたのかな
と言うことです。







1年生って
まず心がフレッシュですよね。

何に対してもキラキラした目と心で
食らいつくでしょう?
そして素直だし従容だし
なにより謙虚だし。

たぶん「自然」という先生に対して
知ったかぶりや奢りを持たず
固定観念に支配されず
どの春も いつの春も
素直で謙虚で
キラキラしていなさい。
分かった振りをしなさんな。
知ってるつもりの事でも
自問自答を繰り返しなさい。

お通夜でおばさんの道程を聞きながら
そういう意味だったのかな
と思うようになりました。

だとすれば
私たちはもっと勉強せねばならぬ。
自分たちの在り方を
正さねばならぬ。

おばさんに教わったメロンの技術を
来春からの私たちの畑で
再び花開かせ実を為らせる
それが遅れた理解への償いであり
教えを請うた責めであると
じわじわと沁みて来ました。







親父殿との 想ひ出







大往生というには可哀想な
肉体はまだ生きようとしてたけど
循環器系疾患で
強制終了となってしまった
親父殿でした。







私が会社員を諦めて
農業者へ転身する時
長い時間かけて話し合いましたが
結局、互いに別々の道を
選びました。

互いに自己責任で
自分の考えに則りました。

孫たちとのひとときを終わらせ
親父殿が福島へ赴いたのは
12年前でした。







住民票を整理して知りましたが
父は本籍を移してなくて
静岡で同居していた家に
留めていたのですね。

孫たちと同居していたあの頃が
一つの幸せだったであろう事は
容易に想像がつき
父の名を筆頭者にした表札を
お棺に入れました。







父と息子
悲しい性 人間の業
相容れない関係

私たちもそうでした。

社会に出て 経験を重ね
自分なりの苦労が増えると
苦労の根源には
育った家庭環境も関与していて
社会に適合しようとする行為は
すなわち
育った環境の否定に行き着き
脱皮を試みるほどに
親から離反していかざるを得ない。

私たちも多分に漏れず
そんな道を辿ってしまいました。







男は親を否定してこそ
育つ部分があります。

立ちはだかられるからこそ
本気になって乗り越えようとします。

場合によっては力任せに
潰すことすらあるでしょう。
お互い、本気です。

農業界に入ってからは
元自営業の父には負けたくなくて
弱みを見せず強がりばかりで
突っ張って生きて来ました。

「どおだ、軌道に乗ったか?」
「ふふふ、そう甘くないべ」
「まだそんなんじゃ、大したことないな」
「いい加減、しっかりすれよ」

口癖のように
年に1〜2回の連絡で
お説教されました。
余計に反発され嫌われるのを
分かっているのに
上から言葉を浴びせて来ました。







父が暮らした街を
歩きました。
毎日散歩していたという道を
歩きました。

新潟、北海道、静岡、福島

人生の局面ごとに
拠点を移しながら
辿りついた終の棲家

でも聞くところによれば
この地でも溌剌と
この地でしか出来ない
親父殿なりの生き方を
してた様です。

私たちの哀愁は
杞憂に終わったようです







施設にお邪魔した時
スタッフからこう御礼を言われましてね。

「いつも美味しいメロンをありがとうございます」
「ああ、折込みの写真でいつも見てましたよ」
「お父さん、施設内で配る時は誇らしげでね」
「うちの息子が作ってるんだ、って」

部屋に入り遺品整理した時
壁にこんなものが貼られていて。

それは毎春、我が家から郵送する
注文の取りまとめ用紙でして。
うちのエンブレムを見えるようにして
振込用紙と贈答先を一緒にして。

あれだけ計算にうるさかった父が
この春の注文時だけは
なぜか計算ミスをしていて
おかしいな、っと思ってたんですが。

こういう形で電話の向こうを確認するとは
私も呵責の念に襲われました。







入院する前の日まで
カレンダーに丸を付け続けていました。

些細なことですが
これこそ生きてた証。
あの人らしいこだわりを
居室のあちこちに発見するに至り
妹や姪とともに
無口になってしまいました。







末期に喘ぐ父を見舞いながら
最早それは父ではなく
私にとってもう一人の息子に
なってました。


私と代表の下で生を受けて
全国に散らばる我が息子たち

そして北海道で生きる私

そして
新潟から始まり
福島で終わろうとする父


一つの血筋の上に
三世代の道程がずらりと並び
私も、そして息子たちも
いずれこのような時を迎えると思い
目前で喘ぐ父が
不器用ながら自分なりに頑張り抜いた
もう一人の息子を見てる様で

と途端に
これまでの確執や軋轢、反目が
霧のように消えて行き
残ったのは幼子を見ると同じ眼
愛おしさでした。

そして辛く厳しく頑固で
決して譲らぬ父の姿は消えて
優しく撫でてくれた幼い頃を
何十年ぶりかでやっと
思い出す事が出来ました。

遠のく意識と戦う親父殿の頭を
今度は私が撫でてあげ
顔を拭いてあげました。







この窓から毎日
何を見て 何を感じてたのかね


これまで一人で 良く頑張った
長い旅路 お疲れ様
もういいよ 十分頑張った
不器用な息子で 済まなかったな
あんたと同じ遺伝子 勘弁してくれ
後始末は俺が ちゃんとするから
安心して 楽になってくれ。


酸素マスクの向こうで
口をもごもごして
何か言おうとしている親父殿

「人に迷惑をかけるな
特にカネには厳しく生きろ」

たぶん、そんなことなのだろう。
経営者の自覚として
そこんところは非常に
口うるさかったからね。


オレも頑固で迷惑かけてるけどね
でもカネではまだ大丈夫だ。
うん、大丈夫。
カネで迷惑かける前に
畑畳む覚悟はずっと持ってるから。


もうあの世に
メロンは届けられないけど
あんたから言われた一言
「お前のメロンは皆に評判だから
おまけで余計に貰ったら
みんなで取り合いだぞ」

仲違いしていながらの
精いっぱいの応援と受け止め
来年ももっと上手く作るから。

あんた、よく頑張ったよ。
無理させて、悪かったな。
もう、ノーサイドだ。
悪かった、ほんと済まなかった。







人間、心から感謝する時
「ありがとう」じゃないんだな。

侘びと償い

そこに行き着くもんだなと
実感しました。

これまで臨席した見送りでも
たしかに思い当たる節があった。
ごめんね、を繰り返す人
幾度も見たっけ。

人間の業に隠された情は
そういう形で表れるんだね。












軽トラとの 想ひ出








静岡から北海道へ
その道程を共にしてきた
働き者の相棒 キャリイ

寿命を迎えました。

このクルマには
人生後半の駆出しを
いつも助けてもらってました。



























そこにはいつも
コイツが居た。



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私たちの物語に
欠かせぬ存在の
キャリイでした。


北海道への渡航
畑への通い
山への通い
もみ殻の運搬
砂利の運搬
収穫物の出荷
雨の避難場所
昼食のくつろぎ
作戦会議の場
子供の送迎
説教したり慰めたり
ケンカしたり泣いたり怒ったり
事故にも遭わせたっけな。


この12年間の家族の姿を
つぶさに見つめてくれてた
軽トラ キャリイ

傷の一つ一つに
想い出が蘇ります。

あちこち修理を重ねて
維持に努めて来ましたが
知らぬ間に疲労が身体を蝕んでいて
もはや限界と悲鳴を上げました。


これでお別れとなりますが
後継機もふたたび
キャリイとなります。

そいつとも長い付き合いと
なることでしょう

初代キャリイは
浜松の軽作業仕様

だけど後継機は
寒冷地の重作業仕様

細かい所の作り込みが
一層タフになってます。

ちょっと悲しいけれど
これも世の常
形あるものは必ず滅びます。

せめて後継機では
先代が身体張って教えてくれた
農作業のやり方とか
軽トラの使い方を活かし
きれいに大事に厳しく
使って行こうと思います。







それでは、また
来月 お会いしましょう!


次回報告は
12月中旬

もう山の仕事が始まってますね。
しかもクリスマス前夜です。

形あるものは必ず滅びる
だからこそ
いまを生きましょう。

エゴを反省し
ナルを慎み
我欲は自ら処理し
互いが和み深くなるよう
律してまいりましょう。

今年の締めくくり
気持ちを新たに作り直して
次の1ヶ月を頑張ります。







どうぞ見守って頂ければと
存じます。


それでは
来月報告も
どうぞお楽しみに!















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