'10年10月   「 文化の秋 」      


「 勘弁してェ! 雨雨雨雨 今日も雨」

北海道より 小柴です。
山はもう真っ白です。

今夏の猛暑の影響が残っていて
大気の状態が不安定です。
付近の海水温が例年より高く
ちょっとした寒気が来るだけで
強い対流が起きやすい
風は荒れ狂い 断続的な雨がザーザー
お陰で畑の片づけが
ちっとも進みません。

最後の最後まで
ペース狂っちゃう1年です。



それはそうと…
尖閣諸島での中国漁船事件で
列島中が大騒ぎですね。
国会も審議が滞って
APECもTPPも議論が疎かみたいだし
国として機能が停止しちゃってませんかね。

いや、日本国は
優秀な官僚機構と人材が
実際の国家運営を担っているので
政治が揉めていても
国は問題なく運営されていくのです。

それってマニフェストと違うじゃん!

ひょっとして
ここまで見込んで
ぶつけてきたか、中国?
いや、まさか…
え、ほんと?



ネットに現場映像を流出させた海上保安官
その心情にいささかの同情を覚えます。
最前線で体を張っている方たちには
本当に心から労いたいと思います。

会社でもそうですが
現場最前線と本社管理部門とは
温度差がいつもあると思います。
体を張って汗を流すことにやりがいを求める人
組織内で地位や名誉に野心を燃やす人
かたや捨て身、かたや保身
相容れるのは難しい。

私も会社員時代に
多くの気持ち悪い経験をしましたが
どうも現場で汗まみれになることを
本能的に忌避する類の方たちがおりまして
ここ農業の現場でも
数百年脈々とある地主と小作の関係なども
同じカテゴリーの事象かと思います。

日本はいつの頃から
額に汗して働くことに
敬意を払わなくなったのか。
楽して小金をむさぼる地主さん方
借地農家の内なる怒り
よ〜く憶えていらしてね。








「 旬の贅沢 こころの贅沢 」

我がふあーむの ポリシーです。

農業生産の現場でも
管理組織の弊害が色々なところで出ています。
我がふあーむは
身近な贅沢の提供 を第一に掲げ
従来の流通機構、組織、固定観念に縛られず
農作物が最も素朴で美味しい時期
すなわち旬を 最短経路でお届けしようと
これまで活動を行って参りました。

途中、いろいろな障壁が出てきましたし
これからも出続けると思います。
いまの瞬間も幾つも障壁が幾つかあります。

その度ごとに ポリシーに立ち返り
取捨選択して進んでいます。
そして自分たちの姿勢は
ポリシーに適っていたかを省みながら
来年への課題を新たに設定しています。

今年も全ての発送が終わりました。
みなさん、いかがでしたか?
今年の我がふあーむのこども達は
立派に役目を果してましたか?

余計なものをとことん削ぎ落とした本質主義
想像力を掻き立てられる作物たち
それがお客さまに伝わっていたのなら
私たちの目的は達成されています。

また頑張って育てよう!
自然とそう思えて来るのです。

いかがでしたか?今年のこども達は…








さて
今月のテーマは
「 文化の秋 」


冒頭の一句にもあるように
今年の秋は 雨だらけ
すでに平年の2倍近い雨量が
記録されています。

畑の片づけが進まず困っています。
2時間降って 1時間曇り
こんな毎日の繰返しです。

どんどん収納したいものがあるのに
みんな乾く暇がありません。

その一方で
久しぶりの再会があったり
機械を見てわくわくしたり
文化祭で泣けてきたり
売上減でも高評価連発だったり
こころの琴線に触れることが
そこかしこに散らばっていました。

こころで理解するもの
これぞまさに「文化」の本質

ちっぽけですが
背丈に合った文化の秋を
どうぞご覧ください。










1.レールファン
















私、レールファンです。
いま風に言えば
「鉄チン」or「鉄ちゃん」
です。

幼稚園の頃まで住んでいた場所が
函館本線の近く
鉄道が当り前に身近にありました。
また我が家の本家が新潟にあり
数年に一度は汽車で訪ねていたのも
体に染み込んだ理由でしょうか。

メカニズムはもちろんのこと
それを取り巻く光景や風情
(そういうのを抒情詩というのでしょうか)
みんなひっくるめて大好きです。





















私、レールファンでした。

「レールファン」
という言葉すら忘れていました。
この言葉を思い出させてくれたのが
後述しますが、高校の恩師
「あんた確かレールファンだったんでないかい?」

そうです、そうでした。

私にとっては その後の人生を
方向付けた一つの機械群です。
いまでも駅や博物館では
同行家族の存在を一切忘れて
完全に入ってしまいます。

一つ一つのメカニズムが
先の時代ではどうまとめられ
どう配置され どう繋がれていたか
いろいろなユニットを観る目は
前職を経てから全く変わり
ねじ1本、フランジ一筋にも
開発陣の気持ちを嗅ぎ取ろうと
してしまいます。



姿かたちは異なっても
原動機とか動力源の
基本構成はほとんど一緒です。
同じ機能が 同じ仕事率が
床下に収まるまで進化する
技術陣の仕事はさりげなく
生活の役に立っている
それを分かるだけでも
ひとつ勉強になってしまいます。










2.誰かがやって来た!?












秋の陽もだんだん弱まる
10月中旬
誰かが圃場へやってきた

年の頃なら70代半ば
その割にはしっかりした足取り
ひょうひょうとした雰囲気を醸し
力みのない空気を漂わす

誰だ!?

見覚えあるかな?

あ〜、あの感じは!

と、いうわけで
高校3年時の担任が
同級生の一人に連れられて
圃場へ訪ねて来られました。

同級生の一人に連れられて?
付き添われ?
支えられ?
介助され?

なぁーんとまぁー
中村先生じゃないですかぁ

先生、全然年をとってませんねぇ
あの頃と全く変わらない
というより
あの頃の先生は いまの私より
7歳も若かったはず
なのに…

ほんとにあれから
ちっとも老けてないですねぇ

あ、どうも、お久しぶりです。
こちら家内です。
と紹介すれば、暴露話が始まる。

彼はですねぇ
なぁーんとまぁー
私の頭を出席簿で叩いたんですよぉ。
ほかの生徒はねぇ
そっと触る程度だったんですけどもねぇ
彼はですねぇ
なぁーんとまぁー
思い切り叩いたんですよぉ
ジーンと目眩がするほどねぇ。

今年は圃場への来訪者が
多くなりました。
問合せの方もいらっしゃいました。

都合が合わず
会えなかった人もいるし。

高校、大学時代の仲間が
卒業以来のブランクを経て
「元気ですか?」
と現れたり、声かけしてくれたり。

訊けば、既にお客さんとなっている
ほかの同級生から口コミで
我がふあーむの仕事が伝わってるようで
毎年のような存続危機の風評を
心配して声をかけてくれているようです。

中村先生は西洋史が専門
アッシリア人がどうした
十字軍がどうした
オスマントルコがなんとした
というようなお話を
手を広げで説いてらっしゃった。

そうそう
当時私が在籍した
山岳部の顧問でもあり
山歩きを最初に教えてくれた方でもあります。
因縁です。









なぜ因縁か?

私たちが ここニセコに居を構えたのも
山歩きとの因果があると思ってるのです。

高校で山岳部だった私は
大学でワンダーフォーゲル部に入り
都合6〜7年間、山に関わりました。

中村先生は
どちらかといえばレジャー派
(対極は武闘派?)
比較的のんびりと 焦らず 寄道しながら
その場の状況を楽しむ山行です。

訊けば、いまでもチベットやネパールへ
トレッキングに行かれてるそうな。
特に出世するわけでもなく
平で教職を定年まで勤めあげられ(失礼!)
でもその意味が分かるような年に
私たちもなってしまいました。

いまニセコの山懐に抱かれながら
畑を耕し 旬を収穫し
全国の皆さんに お手軽にお届けする
そんな仕事の原点の一つは
この先生から種を頂戴していたのかも。

そのうち、またいらしてください。
お客になってやるとの言葉を
信じて待っております。










3.この頃に戻りたい





もし戻れるとすれば
中学2年生 頃かな?

クラスのまとり感が
自力で出てくるのが
この頃だよね。

いま三男坊が
この頃
何でも自分でやりたがる
この頃
実力が伴わず空回りするのも
この頃
だけどちっともめげずに気が変わる
この頃
なぜだか この頃









この頃

合唱において男子の声が
俄然、存在感を増す

合唱の出来・不出来は
男子の声量で決まる
と言っても過言ではない。

彼のクラス
女子が強い(らしい)
彼の身辺に危険が及ぶので
はっきりとは言えないが
女子が強い(らしい)

今年の文化祭で
彼は合唱の指揮者になる。
家でも曲を聴きながら
練習を重ねていた。
ステージ幅で微妙に生じるタイムラグを
(伴奏の聞こえ方に起因するらしい)
なんと彼は察知して
それを修正すべく
オリジナルの指揮まで工夫していた。

再び申しますが
彼のクラス
女子が強い(らしい)

それは合唱でも然り
女子の声量が男子に勝る
引き換え男子の声量が足りない
男子のモチベーションが
上がってこない
彼はそれを補おうと
指揮台の上で 大声で
男声パートを歌っていた

その声は客席まで届き
母たる我が代表は
うるうる うるうる

生意気盛りでありながら
プライドをかけて 自分なりに
取り組んでいた

この頃
クラスが自力でまとまり始める時期
その発端に関与する
大したもんだ









彼は度胸がいいのか
目立ちたがりなのか

ステージに立つことを
好む

人が嫌がる役を
進んでやりたがる





この3名
普通じゃない

人の嫌がる役を
進んでやりたがる

3名に共通するもの
好奇心

彼らはどうも常識を知らない
知らないというより 気にしない
自分の行動は 自分で決める
その原理は 好奇心

実は私がそうだった
小学校から中学校まで
通信欄には否定句の羅列
いわく
「落着きがない」「幼い」「協調性がない」

いま考えると
好奇心の赴くままに生きていた
そんな感じがする
逆にいまの自分にもっと欲しいものを
当時は溢れるほど溢れさせていた

この3名
いい仲間
好奇心が自然発生、大量放出
そして行動直結

大人が決めつける
普通に感化されず
素直に育ってくれればと
つくづく思う。

感性の角は一度折れると
治らないから。




髪にワックス…
って、なんだ?

そういやぁ、昔いたっけ
学ランのボタンを外してたやつが
生徒指導の先生に注意され
平気の平左で言ってのけた
「第2ボタン、すぐ持って行かれちまうんです」



大人同士で言われても
知らん顔するやつは
どの程度だ?



そんなこと言わないでください。
心も体も
好きで汚してきたわけじゃ
ないもんで



この頃
中学2年生

戻れるものなら
戻ってみたい

その頃の好奇心と感性を
いまもう一度取り返したい

50歳を迎え 切実に思う










4.こども達











10月中旬
最後のメロンたちが
旅立って行きました。

樹が真っ黄色になるまで
全身の養分を実に注ぎ込んだ
渾身の最終ロット

残念ながら この子たちは
お客様に紹介していません。
小柴ふあーむのこだわり基準に
適合していないからです。

甘さでいえば 物凄く甘いです。
晩秋の生育条件ぎりぎりの果実は
より良い子孫を残そうと
全身の養分を実のために
使い切ります。
その分、好条件の時よりも
甘くなる傾向にあります。
でもまだ
ただ甘いだけなんです。

栽培条件が
研究途中なんです。
道内の一部地域では
同様な栽培条件が
既に極められています。
そういう所へお邪魔して
教えを乞うてもしてますが
まだ自分たちの技術まで
落とし込めてません。

もう少しすれば
自信を持てるようになれば
ご案内したいと思います。

来年こそは
と、意気込んでおります。












収穫作業
喜びと 溜息と

やればやるほど
極みが遠く感じ
歯痒さが増してくる

遅々として進まぬ
自分たちの進歩

毎年課題をこなしつつ
でも新たな課題が出現する
いつまで経っても終わらぬ輪廻

それは
その道のプロになりつつあるとの証拠か?








こいつらの輝き
惚れ惚れします。

かぼちゃ

今年も好評を博しました。
ありがとうございました。

発送からしばらくして
美味しかったメールが続々届き始め
我が代表ともども
慰められておりました。

多分にもれず
かぼちゃも 猛暑が直撃
小玉傾向に終始
お客様へお届けする玉が
確保できないのではないかと
ヒヤヒヤしましたが
なんとか大丈夫でした。

いやいや
まだまだご注文への対応力は
ありました。

かぼちゃも
我が代表も
磨けば光る!

でもなぁ
北海道へ来てからというもの
我が代表を磨くほど余裕がないなぁ
磨ける場所もないけど

浜松にいた頃なんか
3週間毎に美容院へいらしたり
月に一度はホテルで御ランチでしたり
そんな奥様がいらっしゃいましたが
それに比べると いまの私たちは
なんと貧しく惨めな生活か…
と、理解されるのでしょうね。

ところが
我が代表の真意はともかく
いまの心境で言えば
「お金使わせられる切迫感って、なに?」
という会話がお互いに上がります。
千円札1枚の大切さを知るようになってから
それを使わないとあなたは流行遅れ!
と決めつけられる強迫観念を
敏感に察知するようになってます。

本質を提供しようとしているのか
付加価値を食わせようとしているのか
いろいろな業界、業種によって
浮遊層を強迫観念で強引に誘導する商品を
よーく考えるようになってます。

外見はともかく
内面は磨かれてるように思いたい
それとも磨かれ過ぎて擦り切れてるか?
(それもあながち間違いじゃないけど)

磨くということ
いろいろな見方がありますね


















久々に登場
アスパラ君達です。
今年のアスパラは
よく育ちました。

猛暑+多雨
これはアスパラにとって好条件
毎年撒いている海由来堆肥と相まって
とにかく遅くまで色が抜けずに
光合成を続けてくれてます。

海由来堆肥
噴火湾の水産物(ホタテ、サケ)に
木と牛ふんをブレンド
窒素の補給というよりも
炭素と海のミネラルを
たーっぷり補給して
太古の土状態に近付けられる
とても有難い堆肥です。

海のミネラルって
実は陸から溶出した成分なんです。
人が海の幸を食べて体調が良くなるのは
本来必要なミネラルを海から摂取できるから。
元々陸にあったミネラルが海を経由し
再循環してきているからです。

陸のミネラルは溶出してしまい
土を酷使する大量生産では
摂取が難しくなります。
特に海由来堆肥でなければ
ミネラルの再循環はとても困難です。

我がふあーむのこども達
海から再循環されたミネラルが」
たっぷり含まれてます。
これが良い生育を促し
旨みのもとにもなります。

今年のアスパラはよく頑張りました。
さぞ来年の芽は
立派なものがふんだんに出てくるでしょう!
あとは天候の恵みを祈るだけ。
なんとか温かい春でありますように…






確かに前職でも
知れば知るほど
やればやるほど
理想が遠のいていく感触を
経験したことがある。

見えるものや 気づくことが
急激に増えているからなのか
経験を積めばつむほど
充足感とか 達成感とかが
薄れていく。

やりたいことと
出来ることのギャップが
広がる、埋まらない
と言えばお分りでしょうか?

今年の収穫作業は
溜息混じりが多かった。
気候のせいとは言え
歩留まりが悪化してしまい
増産分を勘定しても
昨年並みの売上と同等で
新たな試練を受けました。

我が代表
いたってポジティブ
自分に言い聞かせるように
いたってポジティブ

そんな代表ですら
今年はポジティブ維持が難しかった

ポジティブでなければ
崩れてしまいそうなので
無理して気を逸らせておりますが
お互いに更年期を迎えた年頃には
いささかキツイ一年でした。










5.来年に向けて
















ビニールが
片付きません。

雨ばっかりの天気で
ビニールが乾かず
取り込めません。

1本取り込むのに
だいたい1〜1.5hr
体力さえもてば
1日で3〜4本片付くので
きっちり晴れた日が2〜3日あれば
ビニールは回収できるのです。

そうすれば
不意な降雪がどっさり来ても
ハウスは潰されずに済みます。
安心して夜眠れます。

早く楽になりたいよ。













これがね、来年のために撒く
海由来堆肥

毎年40tonを注文し
全圃場にたっぷり撒きます。

先ほども申しましたが
海のミネラルと炭素をふんだんに補給するので
メロンの甘さは優しく、旨みは深くなります。

ハウスの中には
軽トラックに堆肥山盛りで侵入し
手で撒いて行くのですが
毎回、手がボロボロになります。
この写真にあるような
柔らかくふっくらとしたきれいな手が
豆でぼろぼろです。

そして軽トラック自身も
ボロボロです。
メロンのベッドを跨いで進むので
今年なんか発電機の駆動ベルトが
切れちゃいました。
ベッドの土をベルとが噛みこんだのです。

でもこの作業は絶対に外せない
我がふあーむのメロンを決定づける作業です。
きつくてもやりこなすしかないのです。

それが仕事ですから。






















雨の合間を縫って
三男坊の手を借りながら
ハウス8棟
ビニール回収を完了です。

雪に間に合いました。

残りの作業ももう少しです。
土は眠り醸成の時を育みます。
すなわち
来年の我がふあーむの
こども達の時が既に
始まっているのです。





毎年、
土が出来ていくのが
見ていて楽しい。

最初はゴロゴロの
粘土ブロックだったけど
いまではツブツブ、フカフカ
地下70cmくらいまで
根が簡単に入り込んでいる。

農家は土づくりだというけれど
ほんとにそう思う。
しかも作物以上に土が可愛い。
愛おしいですよ!

気がつけば
ボーっと立ち止まって
土を眺めている自分がいる。
もちろん
我が代表も同じことがある。

この土は
私たちが育てたもの。
間違いない。
誰にもやりたくない。
そんな農家らしい感慨が
最近強くなってきた。

農家の仲間になれたかな。

でも地主さんは
この畑を売ってくれないんです。
高い値段で借りる人なら
誰でもいいんだそうです。

だから土を育てても
自分たちのものにはならないし
高い借地料を強制されてます。
土地条件は厳しいのに
借地料はトップレベルで
立場の弱い私たちは
足元を見られています。
「嫌なら別にいいんだよ」
と言われるので
不平等条約改正は難しい。

新規参入の悲哀のひとコマです。
とほほ

ボヤキはひとまず
今年の養生した後の畑を見て
来年こそはノーミスでいくぞ!
と気持ちを新たにしております。

完熟なんだけど
熟し過ぎて失敗せず
もうちょっと上手くなりますので
破裂直前の旨いやつをお届けしますので
乞うご期待です。












今月も 有難う御座いました。

「文化の秋」
如何でしたか?





さて
文化とは?

多様な定義があります。
ある集団が内部で共有する
独特な有様といわれたり

動物と人間の区別は
文化を有するか否かといわれたり

結局は
人間という枠の中でもさらに分類される
行動形態の差異
とでも申しましょうか

人間くらいなんですね
同類でも違う生活様式を持つのは。

最もわかりやすく言えば
関西人と関東人は異なる生活様式で
行動の違いで仲間を意識し互いに区別する。
しかるに
すき焼き、うどんの汁、塩としょうゆ etc.





文化の香り薄い北海道では
自分の家が文化圏となります。
どの地方出身者かで
家の生活様式は異なります。

東北系の家が多く
次いで北陸系、関西系、四国系
学校や職場で初めて他家の様式に触れたとき
カルチャーショックを経験するのは
北海道では珍しくない。

よく見るシーンは
お雑煮についての遣り取り。
受取り方は決まっていて
「自分の家と違う!」
決して「自分の家が違う!」
とはなりません。



ここニセコのある後志地方
四方を峠に阻まれ
文化交流が薄く
経済・流通の行き来も疎い。

いま地域は沈みつつあります。
消滅の途を辿っています。
世の中を意識している人は少なく
自分さえよけりゃと
目前の小金を追いかけます。
利己と利己のぶつかり合い
弱肉強食の奪い合い
人口2千人の中で行われれば
どのような結末を迎えるか
社会実験が短時間で行われてる様です。

自由貿易協定への加盟をめぐり
道内中の団体は団体の気勢を上げております。
北海道農業は壊滅だと。

でもよく考えてください。
牛肉やオレンジの市場開放で
産地が消滅したかと言えば
そんなことはないでしょう?
産地の目覚ましい自助努力により
大量輸入品とは異なるブランド確立を進め
きちんと共存しているように見えます。

いま日本農業が生産しているもので
海外輸入の大量生産品並みの
栽培・品質基準で流通しているものは
ほとんど無いと思います。

一方では
農家は焼き肉が大好き。
週末の恒例行事として
一家揃っての焼き肉
これ定番です。

それ、自由化で入ってきた
輸入牛肉じゃないですか?





先取自由の気風を自負する北海道
でも実態は以上のような感じです。
文化と認められる範囲が
とても狭く小さく内向きに働いて
自滅へのテコとして作用しています。

我がふあーむに関して言えば
余所者としての高いハードルを
年々実感しています。
蘭越町の対応も後継者対策に偏り
新規参入は該当しないことが多い。
「役場は移住してくれと頼んでいない」
と言われれば、それまでです。
まだ蘭越町民に認められてません。

官民ともに
目先の損得で行動を決めるのが
一つの地域文化なのでしょうか?
色々な方たちの思惑や画策の狭間で
翻弄されてるような気がします。

経営の根幹を掌握しきれないもどかしさ
経営体を安全海域に入れることの困難さ
それを痛感しております。

自力ではどうすることもできない障壁
これも文化の一つの正体
イギリスで暮らしていた時より
暮らしづらいや
日本国内なのに…





道はまだまだ続きます。

家康の言葉ですが
「人の一生は重い荷を背負うて山道を行くが如し」

信念を携えて参入した世界
障壁はまだまだ続くのでしょう。

最近こうも思います。
経営者としての関門に
いまやっと立ち向かい始めたのかも?

自営業者の皆さん
それぞれ辛い思いをしてるでしょうが
待っていてくれるお客様のために
大切な家族のために
そこをいっちょ踏ん張って
未来を明るいものにすべく
進みなおそうではありませんか!

お互いに
頑張って参りましょう!





この冬は
少しゆっくり休んで(収入は減るけど)
いっぱい勉強して(費用はかかるけど)
思い切った準備をして(先行投資だぁ)
来季の再始動に備えたいと思います。

もっとたくさんのお客様に喜んでもらえるように


それでは
また来月の報告をお楽しみに!

また お目にかかりましょう









 
発行    編集局 制作責任 小柴孝志
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