'10年 8月   「 早い夏は 長かった」      


「 早く来た 夏は去るのも 遅かった」

北海道より 小柴です。
残暑お見舞い申し上げます。

北海道は先週から 秋になりました。

朝の最低気温は 一ケタ。
2〜3日前は 5℃まで下がりました。
でも日中の最高気温は
相変わらず30℃前後
北海道らしい寒暖差が
最も発揮される時期となりました。

涼しい! だけど、暑いです。





「 旬の贅沢 こころの贅沢 」

我がふあーむの ポリシーです。
毎年毎年、技術改良を重ねながら
過去最高の出来を 継続しています。

農産物を通して
北海道の空気が伝って欲しいと
作業に励んでおります。

「おいしくなれ おいしくなれ」

グッチ裕三さんがよく言ってますね。
わたし達も畑で 呟きます。
特に辛い作業の時 呟き続けながら
気持ちを維持しています。

手を抜こうと思えば幾らでも抜けるし
手間を掛けようと思えば幾らでも掛けられる
仕事ってそんな感じですよね。

気持ちが入っていない時の仕事は
後から見ると恥ずかしくなります。
そんな思いを経験したことがあるから
辛い作業こそ 魂が必要な時と
分かるのです。

そうは言っても 扱うものは農産物
もっと具体的に言えば
「いのち」

人間と同じように
一つとして同じ「いのち」は無い。
工業製品でも同じことが言えますが
一つとして同じモノはありません。

すべては「公差」という範囲の中で
管理されています。
「いのち」も「公差」で管理されています。
ただし「いのち」の場合、唯一無二のものなので
間接検査しか許されません。

一つとして同じものが無い「いのち」を
「間接検査」で「公差管理」して
お客様へお届けしています。

私たちの仕事は
如何に群の偏差を小さくできるか
如何に公差を狭められるか
如何に検査精度を上げられるか
(専門用語が難しいですねぇ)

そして
同じ条件がない気象を相手に
如何に製品の再現性を持たせられるか

それを仕事と心得ています。

「いのち」に対する尊厳と
お客様のご要望と
その狭間を埋めていこうと
頑張っております。

ですから
天候不順だろうが 異常気象だろうが
お客様へお渡しする 我がこども達は
その瞬間の私たちの
最高の「いのち」です。





さて
今月の
テーマは
「早い夏は 長かった」


今年は
9月上旬まで
30℃超の気象が続きました。

6月下旬からですから
約2ヵ月半のロングランでした。

北海道では 「お盆過ぎたら秋」 と
言われています。
でも今年はぜんぜん違いました。
「こんな異常気象、初めてだ」
と北海道人は毎年のように言います。
結構大げさで悲観的です。

でも、今年は本当にそんな感じ。
異常気象とは言いませんが
南東北(福島〜宮城)あたりの気候が
北海道に来た感じです。

その夏もやっと終わりを告げ
9月10日頃には すっかり秋
空気も乾いて さわやか
気持ちよい暑さです。

今回は 御盆 の風景が中心
畑も忙しいけど ちょっと外に目を向けて
報告しましょうか。

どうぞご覧ください。









1.峠 道



朝里峠
(標高 710m)

小樽市朝里〜札幌市定山渓
途中のトンネルが段ずれ亀裂で
ちょっと怖い道
小樽から札幌の奥座敷へ直行する観光ルート
















中山峠
(標高 835m)


札幌市定山渓〜虻田郡喜茂別町
古くからの交通の難所
札幌から道南方面への最短ルート
小生が小学生の時に新道開通













峠道

いい響きですねぇ。

その向こうには
知らない世界が広がっている。

確かに峠は
文化圏を分け 流通を妨げ
厄介なものです。
特に北海道は雪のため
冬期間不通となる峠が
いっぱいありました。

物流の確保は命がけの仕事
限られた生活資材で
静かに暮らすのが
昔の北海道の冬でした。

また電話回線も少なく
TVやラジオの電波も遮られ
隔絶された社会がありました。

ニセコはいまでこそ
名が知れましたが
つい先日?までは狩太郡といって
北海道人でもその存在を知らない
意識上の空白地帯でした。
地理的にも四方を峠に遮られ
本当に文化の谷間でした。

東は 中山峠(835m)
西は 日本海
南は 目名峠・太平洋
北は 稲穂峠(標高600m)

いまでも名残がありますが
他地域のことを知らなさ過ぎるのが
特徴と言えば特徴

峠は 文化も モノも 人も 隔てます。



いっぽうで北海道の峠は
大きく雄大で壮観なイメージ
頂上に立ったとき
「おわぁーっ!」
と思わず感嘆します。

例えば、日勝峠とか
狩勝峠とか
石北峠とか

深い谷をたどり 沢を登りつめ
最後の急峻な斜面を九十九折で抜けたあと
まったく趣の異なる風景が
眼前に広がります。

下り坂
なぜかルンルンです。
なぜでしょう?
新しい世界への期待感なのか
隔たりを超えた達成感なのか

峠の下りはルンルンで
従って事故も多発します。
冬の下り坂
特に最悪の怖さです。

これまでに羅列した峠のいずれも
人柱がたくさん立っています。



子供のころは
高度成長期の真っ只中
北海道開発は急ピッチで進み
ようやく社会としての体を整えました。

生活資材も流れ始め
テレビCMの商品が北海道の田舎でも
手に取れるようになりました。

意識レベルも
昔ほどの格差はなくなりました。
いや、いまでも意識格差は
大きなものがありますが
格差解消が物理的に不可能
という時代ではなくなりました。
(あとは各個人の教養しだい)


でも でも でも
津軽海峡はどうにも
乗り越えられそうにありません。

海の向こうの進化具合に
まったく付いていけてません。

モノの交流は可能ですが
人の交流が決定的に不足
人の往来が無ければ
文化の交流も 無い。

いまの北海道
意識は高度成長期から成長せず
バブルの再来を心の奥底から熱望し
また それを信じてやまない。
だいたいがバブル期を自覚しておらず
景気の波として受取っている。

だから世間話で
経済の嘆き節がでる時
嘆きの比較対象は
バブル期の取引価格

日経平均株価4万円の再来を
信じて待ち続けています。

地域格差解消!なんて
政治家が選挙に使う定型詞だけど
政治家のせいじゃないと思う。

いまの北海道
無意識のうちに
社会主義的な世の中を
熱望していると思う。

だから
浮き上がれずに 沈んでいくだけ…
取り残されて 再起不能になるだけ…



峠道を走りながら
北海道開発の歴史と その功罪を
もやーっと考えていました。


楽しいドライブ!
でしたかねぇ〜










2.帰 郷





正門
(拡大画像あり)

旧 生徒通用門
(拡大画像あり)

6条通り 通学路
(拡大画像あり)

カレー屋 米米亭
(拡大画像あり)

筋向い 満腹食堂
(拡大画像あり)


何年ぶりかな
大学への帰属意識は深いのだけど
高校へのそれは浅いと思ってた

中学校や小学校は
もっと浅くて
特に小学校は卒業以来
誰とも会っていない
(もう38年も経つんだねぇ)

北海道の旭川
内地と違ってこちらでは
街の風景が開発とともにどんどん変わり
同じように
人も出入りも激しくて 繋がりも断ち切れる

小生の場合
旭川にはもう家も親も無いので
故郷に帰ったといっても
実態は一人の来訪者
訪ねる先も 泊まる先も
無い



御盆に身内の不幸があり
6年ぶりで帰郷?した。
時間にも余裕があったので
出身高校の前を
ふらりと立ち寄った。

昔の面影はまったく無く
別の学校となっていた。

でもやはり出身者の性なのか
どこかに残像を求めて
知らないうちに うろうろ きょろきょろ

あ〜、これは昔のやつだ!
生徒通用門の門柱
昔はモルタルが剥がれ落ちて
ボロボロだったんだけど
いまは記念館の入り口門柱として
石で補修されている。
この門柱の裏に 駐輪場があり
合格者発表がここだったっけ。
そういや、公衆電話が無くなっている。
通学用自転車も ここで盗まれたんだよなぁ。

さて学校前の通学路は
6条通り11丁目
上川支庁や道警旭川方面本部の前を過ぎ
旭川中央郵便局へつながる通り
街路樹が大きく育ち
歩道が狭くなったみたい
昔は何も無かったんじゃないかな?
この通学路の雪溜りに
ダイブしたりされたり遊んだね。
いまみたいに歩道除雪が進んでなかったので
雪が降った日は
一筋の踏み跡を一列に歩いていた。

カレー屋 米米亭
頑張って残っているね。
ここは在学中にちょうど新規開店した
だけど若い奥さんが
可哀想な交通事故に遭って
ご主人が立ち直るまで
しばらくお店を開けなかったっけ。
そういうお店が生き残っていることに
安心というか 慰められたというか
良かったなぁ、としみじみ思う。

米米亭の隣にあった
交差点角地の出光スタンドは
無くなってました。
あれれ。

生徒通用門から
交差点を挟んだ筋向い
満腹食堂
立て替えられても 現存しています。
ネーミングがシンプルで宜しい。
土曜日のお昼
午後の部活に備えて
意外と繁盛していた
場末の学生食堂。
特に下宿生たちは重宝していたはず
オーソドックスなラーメンや
家庭料理っぽいカレーライス
そして かき氷がいつもあり
薄暗い店内で油がたっぷり沁み込んだカウンター
まさしく 場末のスタンダード
でしたね。
昔は駄菓子屋と兼ねた店舗で
店舗続きの食堂なのが
これまた場末ムード満点でした。

なんだかんだ言っても
母校を訪ねるとしばらくは
時間の糸を手繰ってしまうものですね。
視覚的にはいまの風景がインプットされているんですが
脳裏には昔の風景が結像されているんです。
この不思議な体験
私も年をとってしまったなぁ。

たぶん傍から見た人には
私の眼は空点を見つめていたのでしょうね。
まさにお年寄りの風情そのものだな。






4条通り 緑橋通り交差点 信金ビル
(拡大画像あり)

4条通り 平和通り交差点 そうご電器跡
(拡大画像あり)

4条通り 緑橋通り交差点 旧拓銀ビル
(拡大画像あり)

4条通り10丁目 大西病院
(拡大画像あり)

4条通り16丁目 宗谷本線ガード
(拡大画像あり)

4条通り9丁目 道新支局
(拡大画像あり)

4条銀座商店街
(拡大画像あり)

4条通り13丁目 カケハシ小児科
(拡大画像あり)


30数年前と同じ建物が残っている
旭川市中心街

高度成長期に建った器に
掛け替えられた看板をまとい
その頃より二回りも小さく見えて
なんだか存在感が昔ほどは無くなって
埋もれそうな流れに抗おうとしているけれど
でも埋もれていく現状はどうしようもない
そういう雰囲気が
街のそこかしこに垣間見ました。

なんと雑然とした街なのか。
すべてが好き勝手に建ち並び
大小の看板が溢れ返っている。

昔シンボリックだった建物たちが
そのあと乱立してきた同類の建物に埋もれ
通りの顔、街の顔が
無くなっている。

たとえば
誰かに道を教えるにあたって
目標となるものを教えられないし
教えられたとしても
相手はそれを見つけられないだろう。

来訪者にとって
印象に残らない雑居都市
そんな感じになっていた。


旭川
道路はすごく良くなった。
大規模なスケールで
環状線が2周も整備された。

市街地も橋が掛け変えられて
交通のスムーズさが格段に向上した。

でも 街の顔が 見えなくなった。
街の趣、佇まいが
感じられない。
これはやばいんじゃないかな?
そう感じる 旭川でした。


旭川も不況に苦しんでいるのだが
在旭の身内が話しているのを聞くと
隔世の感は否めない。
やばい、時代から完全に
切り離されている…
いや、それに気付いていないのが
最もやばい…

頑張ってほしい。
だけど、その発端を周りに求めるばかりじゃ
駄目じゃないか。
内向きな姿勢を早く改めないと
このまま消滅への道を歩むんじゃないか。

故郷が無くなる…
いや、もう無くなりかけている。
早く、早く
内向きな自己満足から目を覚ましてほしい!

そう強く感じた
旭川でした。














やっぱりここの 味噌ラーメン
いの一番に食べた

うまかった。

値段も頑張って抑えていた。
この時世にえらい。

ここも場末の一つか。
こういう地道な隠れた名店が
場末のいいところ。

場末
我がふあーむも
ひょっとしたら 場末の農家か?
それはあまり嬉しくないかな。
まぁ、拡大成長主義じゃないところは
場末の条件を満たしているけれど。

場末の農家かぁ
それはそれで
いいかな?

みなさん
かわいがってください!
場末の農家は 多くのお客様に
身近な贅沢を楽しんでいただくために
今日も畑で 奮闘しています。










3.生 涯

















次男坊

ラグビーとの付合いが
生涯にわたりそうな気配。

高校に入ってから
幼児期に経験したラグビーに再会
迷わず入部

いま2年生で
チームの中核

花園予選があり
全道大会への扉は
開けられなかった。
残念







あんなにちっちゃかった次男坊
ボール持って走り回って
負けてる試合になると
泣きながらプレーしていた。

口を切って 血を垂らしながら
懸命に突破する姿は素晴らしかった
大人が勇気をもらえた姿勢だった。

いま、高校2年生
なかなか結果は出ないけれど
一人で自炊しながらの高校生活
練習オフの日も 自主練に出かける姿勢は
見上げたものだ。



人に言えない辛さも
いっぱい味わってるはず
それを自分の力で乗り越えている。
もう少し親を頼って欲しい気もするけれど
それは 子離れできぬ親の身勝手か…

彼にとってラグビーは
生涯スポーツとなりそうだ。
誰から言われることもなく
まさに自発的に動ける対象だ。

今後ラグビーを通して
もっともっと多くの人と出会い
人の情けや厳しさを学んでいって欲しい。










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長男坊

なんと大学の合宿が
定山渓ではられました。

せっかく九州まで行ったのに
わざわざ北海道へお越しとは!

大学の部活
自分たちで仕切っているので
厳しくも楽しそう。

九州地区はラグビーのレベルが高く
カルチャーショックを受けたそうで
いま彼は
本場のスピードとテクニック、そして体力に
必死で追いつこうとしています。

我がふあーむとしても
せっかく遠路はるばる北海道まで来てくれたので
応援のつもりで
ご近所産 スウィートコーン と
小柴ふあーむ産 完熟メロンを
皆さんへ差入れしました。

九州の皆さんに
北海道の味覚は大好評だったようで
すこぶる元気が出たそうです。

この長男坊も
ラグビーとは生涯の付合いとなるでしょう。
練習試合でも
一生懸命走っていました。
右へ左へ 玉の転がる方向へ
真っ先に駆けつけてセーブする。

学業はもちろんだけど
ラグビーを通して
一生付合える友を作っていってくれ。





子供らを見ていると
羨ましい。

自分にもああいう時間があったのだが
その時はその貴重さを十分自覚せず
無為に過ごした部分も多かった。

いま農業経営者となり
いろいろと難題を抱えている中でも
しごいてくれた当時の先輩が
大切なお客様になってくれている。
しかも
あちらこちらへ紹介くださり
お遣物で普及の手伝いをしてくれたり。

一生ものの時間を
大切に育んでもらえれば
親としては 十分に報われる。

どうか良い人生を送れますように











4.秋







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かぼちゃ

収穫予定は25日ころ
いま成熟ステージです。

玉肥大が最高潮のいま
かぼちゃの樹は 全体力を振り絞り
栄養を玉に注ぎ込みます。

その証拠に
株元の葉っぱが脱色し
病気に弱くなり 枯凋し始めます。

この時期なの大切なのは
追肥と防除

この時期、病気に取りつかれると
待っているのは 全滅
特に今年は高温傾向なので
うどんこ病がことさらうるさい。
警戒警報の発令です。

添付画像でも
葉っぱが全体に白みを帯びているのが
わかりますか?
これが うどんこ病
カビです。

最後まで健康にゴールインさせられるか
踏ん張りどころです。


















(拡大画像あり)







その兆候は
空に現れます。

雲は
気象の語り部です。
これから何があるか
いまどんな状態か
ほとんどを教えてくれます。

この8月
上層には秋の雲が現れ始めているのに
下層はまだ夏の湿った暖かい空気が充満し
二つの季節の雲が
上下に重なり同時に見られました。

こういう大気状態では対流が活発で
雲が縦方向に逆巻き立ちます。
場合によっては
積乱雲が成長し 驟雨をもたらします。

一日の作業を終え
日暮れとともに帰宅する
その時間も日々早まります。

盛夏なら夜8時ころまで働けるのに
いまでは6時ころが目いっぱい
老眼も手伝って
夜目が利きません。

シンボリックな羊蹄山が
大気状態を如実に教えてくれ
それを観察しながら
明日の作業予定を修正します。


空を見ていると
穏やかな気分になれる時もあれば
猛々しい時もある
まるで人間の機嫌を茶化しているようです。

観天望気
大気のうごめきを感じ 人間のちっぽけさを悟り
なんとか生かせてもらいましょう。

秋です。












今月も 有難う御座いました。

「早い夏は 長かった」
如何でしたか?


ここでお知らせです!
既にご案内の方もいらっしゃいますが
今季最後のメロンが収穫に入っています。
ご注文しそびれた方々へのサービスとして
新じゃが1kgを含んだ3玉セットをご用意しました。

北海道の新じゃがと 秋メロン
稔りの秋を実感してください。

なお秋メロンは市場ではなかなか手に入りずらい
希少品です。
夏メロンとは異なり 深い芳醇が特徴で
メロンの旨みを実感するのによい思います。

この機会にぜひお試しください。

なお収穫は今週一杯で終了しますので
ご注文は木曜日中にお寄せください。
一同こころよりお待ち申し上げております。


ご注文はこちらから!




ご注文フォームで 「樹上完熟メロン 3玉セット」 を選択のうえ
メッセージ欄に 「秋メロン企画」 と追記ください。


最終収穫は 9月15日頃
たくさんの御注文
お待ちしております!

セットメニューも充実












それでは
また来月の報告をお楽しみに!

また お目にかかりましょう









 
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