小柴家の風景
'04年12月 「冬の過し方」
北国は冬の装いを固めました。
北海道 蘭越町から 小柴です。
いつの間にやら年の暮れとなりましたね。
さぞ忙しい1ヶ月だったのではないでしょうか?

こちらは冬季生活パターンに突入しました。
お父さんは山へお仕事に
お母さんは家で洗濯に
ってな具合です。

冬の過し方は北海道特有のものがあります。
それは最低でも4ヶ月間を雪の中で暮らす
ここにしかない状況に拠ります。
それを季節感と感じるか、または憂鬱と捉えるか
その方々の感性次第かと思います。
でも当地の方たちは「生活」として受止め
坦々と黙々と 日々の営みに向き合っております。

さて今月の報告は
「冬の過し方」
新規就農家族として初の越冬生活に入りました。
その点描をお伝えします。




1.お家では…

ご存知のように、我が家のステップも次段階へ移り始めました。いよいよ営業と強く関連した姿勢を打ち出す時期、もう「新規就農ごっこ」で済まされません。自らに責任を課す現実と向き合うのです。 ご存知でしょうか、HPの基礎を形にしましたね。 屋号も決めました。 経営方針や業務分担も決めました。 年間工程も固め始めました。 考えを形にする第一歩が始まったのです。

そんなときに子供たちは、年賀状作成に思いをめぐらせていました。彼らは年賀状がより多く来ることを望み、静岡にいる多くの友達に忘れないでほしいと願い、「郵便受け」と「雪だるま」をポイントに賀状用写真を撮りました。 思いが伝わるといいのですが。



かみさんの頭の中は、クリスマスディナーでいっぱいです。ケーキはどうしようか、前菜は、メインは、ワインは奮発か、などなど。イベント好きのかみさんは、切迫した家計のなかでも最良の充足感を得られるよう(最高じゃないところがミソ)、準備を進めておりました。
かみさんの最重要課題、クリスマスケーキ。 なかなか気に入ったケーキ屋さんにめぐり合えず、どうしたものかと考えあぐねておりました。たまたまアルバイト先で社員斡旋のお話があり、毒見がてら東山プリンスホテル謹製の25cmを注文。結果、大成功でした。奇をてらわぬ素直なケーキ、美味しいクリームとスポンジでした。たぶん来年もお世話になることでしょう。

いよいよ24日、直前に勤務シフトが変更になり家族揃ってのディナーを楽しむことが出来ました。今年一年を振り返りながらのディナー、振り返ることといえば…、結局は芸能界の話。 タモリとセカチュー(ポケモンじゃないぞ!)をラップさせ笑い、長澤ひろみは磐田市立城山中学だねぇと言い、「だらだでだもんで、おいやいらー」を懐かしむ。 北海道の中心で遠州を語る夜でした(かみさんは長澤ひろみの御両親と職場でご一緒してました)。
そして満足。 外は寒くても暖かいお部屋の中で、お腹もこころも満足したか、こどもたちは早くにダウン。 こういう時間ってなんともいえぬ心地よさがあり、結構こころの中に残ったりする。 農水省などは「食育」を有機無農薬野菜がどうのこうのと定義しますが、ほんとうの「食育」ってこういうことなんじゃないのかねぇと、私たちは話すのでした。


2.外はふゆ、あたり前だが

12月10日あたりからでしょうか、確かに遅かったのですがそれでも確実に冬将軍はやってきました。コンスタントな降雪があり雪はもう融けなくなりました。あたりの様子も白と茶色を一進一退していましたが、どんどん白がちになりました。空気そのものが白がちになるような、そんな冬将軍の到来です。



このときこそお隣りの別荘もまだ姿かたちが見えています。しかしもう間もなく、この様相が一変するとは…。そういえば2月に生活設営に来たときの様子を思い出せば、この風景は仮の姿と気付くべきでした。



「八甲田山 死の彷徨」 とまでは行きませんが、まぁ似たような経験を子供たちはしています。裏の道道までおよそ50m、夏のあいだは3mくらいある熊笹薮を刈り分けて抜けていました。そして冬、薮は雪で押さえつけられ見通しはグンと良くなりました。その代わり腰や胸まで浸かる雪を漕いで歩くことになります。里の子供たちはもう長靴なんてダサくて履きませんが、うちの子は必需品です。上下防寒ヤッケ、裾を長靴に被せて完全武装でラッセルに挑みます。この時ばかりは力を併せざるを得ず、それぞれの体格と体力に配慮した役割分担をしているようです。


夜になり雪も止んだ頃、道路に留めてあるクルマたちは…    もう見えません。


3.スキー場 (その1)

冬のアルバイト、生活費の穴埋めなんです。いまは無収入ですから、生活費は丸まる持出しです。しかし少ないながらも現金収入の方策はあるわけで、それがここ「ニセコ東山スキー場」。これもニセコを選んだ戦略の一つでした。




ゴンドラはニセコアンヌプリ1000m台地のさらに上まで伸びる、総延長2700mの主力路線です。その制御はほとんど機械化されていて、20年前ゴンドラが普及し始めた頃とは信頼性の格段の差があります。 リフト関係も然り。 索輪というプーリーも全てゴム巻きで、静かでグリス飛びもありません。 その技術を支えているのは「東京製綱」のワイヤロープ。なんと私はそこにも勤めていたんですねぇ。 18年のときを経てふたたびロープに接し感慨深いものがあります。

リフト運転所で見つけた懐かしいもの。 わかりますか、これがなんだか? 本体の右にはくるくる回すハンドルが付いていますよ。わかりますか、どうやって使うのか? 知っていて知らない振りしたがるお年頃の方も多いかな。 答えに自身のある方、どうぞメールで回答をお寄せください。
勤務時間は4パターンあります。 早出(7:30〜16:30)、遅出(12:30〜21:30)、半ドン(8:00〜12:30)、そして通し(8:00〜21:30)。 一日のなかで始業から終業まで担当することがあります。 ナイターも20:00頃からお客さんはめっきり減ってきます。静かになったスキー場、暗い運転室から闇を見つめる。モーターの音がこんこんと伝わってきて、不思議な空間に身を置いた感じです。タイムトラベラーになってしまいそうです。


4.世間の喧騒

クリスマスは掻き入れ時です。 いまやニセコは国際観光エリア、日本中はもちろんアジア各国やオーストラリアから、たくさんの人が集まってきます。ホテルの玄関には千歳空港から直通送迎バスが次々と到着し、お客様が続々と吐き出されてきます。物流とはモノだけにあらず、ヒトも物流の対象ですね。それはそれで圧巻です。


ホテルのロビーはムード満点! みなさん気分を盛上げています。日に日に増えるお客様たちで、スキー場全体の雰囲気も盛上がってきます。 僻地にあってもここだけは別な空間、文明の匂いが漂います。




ホテル客室から眺めるロマンチックな風景、夜の雪面を滑り来る松明にお客様はムード絶好調でしょうね。 夜の凍れのなか、スキー場係員たちの仕事は終わりません。
こんな喧騒もあります。荷物かオプションのクレームでしょうか、ロビーでは中国なまりの英語と日本語英語で賑やかにもなります。事態はそれほど深刻ではないのでしょうが、如何せんコミュニケーションが取れない。だから誤解を生じ疑心暗鬼でお互いをけん制しあう。まずいですねぇ。国際観光エリアとして、もっと充実すべきことがありそうですね。


5.スキー場 (その2)

朝一番で山頂駅に上ることもあります。宿泊客がまだ寝ている頃、係員たちの仕事はもう始まっています。始業前の安全点検は2時間前からやっているのです。

一つ一つの鉄塔に登る人もいますし、モービルで山頂駅へ配置する人もいます。 各リフト要員も無線機を持って営業前のゴンドラで真っ先に上に向かいます。


食事をお見せしましょう。 お昼は運転所で弁当を、遅番の夕食はホテルの社員食堂でいただきます。 なんと¥300! 内容はそれなりですが値段を考えればまずまずかな。

                         ランチジャーの飯を久し振りで楽しんでいます。

天候の急変、スキー場とはいってもここは冬山です。 ほんとうなら人を寄せ付けない世界です。そこに人間様は経済活動の一端としておじゃましているだけです。人間の都合にはお構いなく自然は容赦なく機嫌を変えます。まるで家でかみさんの顔色をうかがっているような(ボコッ!)イテッ…、。いや我が家に限ってそんなことはありません、誤解なきよう。
6.大晦日

12月31日、通し勤務(8:00〜21:30)でした。静かなしずかな夜、ナイターされる方もまばら。大きなおおきな山の懐で、淡々と年の瀬を迎える人たちの中に、私はおりました。

こういう場所にも人はいるし、働いている。世の中はやっぱり広い。自分の世界だけで縮こまっちゃもったいないよなぁ。こういう経験をすればこそ、こどもに対しても色々な職業観や世界を伝えられそうな気がする。かみさんには苦労をかけるかもしれないが、このままで終わるわけじゃない。目標があって、そこへ向かう道すがら。これはこれで存分に楽しんでいこうかな、と恐いかみさんボコッ!)イテッ…、。いや逞しい代表と話しあう年越しでした。



今月もありがとうございました。
農地取得はゴールに向けて しずかに進み始めました。
残念ながら地域の方たちは 土地を手放す気は少なく
ましてよそ者の私たちに おいそれと譲渡なんかする訳もありません。
さらに地域内には畑の貸借で規模拡大を図る
膨張主義の農家さんもいます。
いよいよ新参のよそ者には状況が悪いのです。

しかし仲介に入っていただいた地域の役員さんが
状況の厳しさとこれからの地域発展を憂慮して
ひょっとしたらご自分の畑の一部を
世話してくれるかもしれない、かもしれない。

「果報は寝て待て」
私たちの姿を見て 話を聞いて
ここに必要と感じてもらえるなら
なんとかチャンスが訪れるでしょう。
訳もわからず自分の都合と 妙な権利意識を振り回し
周りの立場を慮る(おもんばかる)理性もない
そんな新規就農のイメージに染まりたくありません。

私たちは
自立と独善をわきまえます。
まずは地域で理解者を一人でも多く増やすこと
たとえそれが時間を要することだろうと
それが目標への近道であると
私たちは話し合っております

小柴ふあーむ 2004年の暮れ
そんな年の瀬でした。
来年も良い年であるように。
そして良い御縁がもっともっと広がるように。
それがお互いの幸せに結びつきますように。
みなさんのご多幸を お祈り申し上げます。

2005年も どうぞ宜しくお願いいたします。


 
発行 小柴家応援プロジェクト 編集局 制作責任 小柴 孝志
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