連休を終わり再始動に忙しいでしょうか?こんにちわ、小柴です。オートバイ世界選手権でのV.ロッシ開幕戦優勝、おめでとうございます。以前苦楽を共にした仲間たちに結果がもたらされ、もう関係ない立場でそれを遠くから眺めて、一人で過ぎし日を想い起す。開発現場に居た者には良くあるシーンですね。ころで私は「ゴールデンウィーク」の当事者から傍観者にかわりました。さぞガッカリしているとお思いでしょうが、さにあらん。結構気持ちが高揚するといおうか、充実するといおうか、百姓の気持ちが少しだけ分かるようになったゴールデンウィークでした。では今月の報告を致しましょう。

1.定植準備
ゴールデンウィークがなぜ気持ちの高揚をともなうか?それは、北海道の百姓にとって今シーズンの勝負の火蓋が切って落とされるからです。天気の合間を縫って土を起し砕いて整地し、そこに種や苗を定植していくのです。やっと雪が融け切って土が乾いたそのときが、ちょうどゴールデンウィークにあたるのです。国道5号線を行き交うオートバイ集団を横目で見ながら、ひたすら目前の種いもや苗に集中するのもまた格別です。



プラソイラ


※プラソイラとは、硬く固まった土の層を砕く時につかう農機具のことです。写真はその農作業の風景。後ろについている白いのがそれです。

2.春の天気
雪融けは一進一退の繰返しで進みます。三寒四温とは良く言ったもので、まさに寒暖の差が極端で行きつ戻りつのなか、雪は消えていきます。 この季節は突然の天候変化があり、晴れてるのに雪が降ったり、雨が降っているのに霰(あられ)と日差しが同時に差すとか、専門的には「大気の状態が不安定」といった状態が出現します。例えば黒澤明の映画「夢」にある「狐の嫁入り」のライティングは、北海道では珍しくない天然の光景です。


冷雨




3.パンク屋
全く失礼な…、と思いながらも「ぷっ」と吹いてしまうこの表現。 ご当地では「パンク屋」という職業があります。 北海道出身者には心当たりがあるかもしれません。 私もずっと忘れていたのですが、こちらに来て思い出しました。 私たちがお世話になっているのは、蘭越町昆布にある「工藤パンク屋」です。


4.一日を終わり
まだ研修生の身分なので、明るいうちに現場を離れられることが多いのです。 研修といってもメインの「日比野農園」のみならず、目名地区にある「伊藤農園」にもお世話になっています。 作物により色々な農家にお世話になり、良いとこ取りが許されるような研修態勢を敷いて頂いております。 ちなみに湯里地区と目名地区はおよそ30km離れています。 その間を通いながら、一日の終わりを実感する一瞬が「ふっ」と訪れます。 不思議な空間に引き込まれて行きます。

5.子供の日
親はゴールデンウィークを忘れたとしても、どっこい子供たちはそうはいきません。 「ねぇ〜…」というおねだりを空かしながらも、何とかしてやりたいなぁと思っていたとき、やってきました「雨」が。 研修先の日比野農園は施設園芸と畑作を主体としていますが、施設園芸でも雨の日は作業が出来ないんですよね。 雨の日に苗をちょすと(いじると)傷口が乾きずらく病気にかかり易いんです。 だから雨の日はちょっとペースを落としたり、思い切ってお休みしたり。 5月4日はタイミング良く「子供の日サービス」の予定日。 早速子供たちを連れ出して、伊達〜洞爺湖〜萬渓〜留寿都の周回ルートを運行してまいりました。 都合200kmの運行となっております。 途中、GEOでのショッピング、わかさいも本舗でのケーキタイム、萬渓での温泉、留寿都リゾートでこってり夕食と、最近の小柴家では考えられぬ散財を実施いたしました。 子供たちも、いまみんなで取組んでいることを理解しており、けなげな対応を随所に発揮しています。 周囲も子供たちを大切にしてくれています。 ここで親が奮発せねば一体どうする? 慣れぬ環境にも積極的に取組んで日々自分のものにしていってる子供たち。 どうかこのまま素直に伸びていって欲しい。


遊覧船


暮景

 


子どもの日


6.記憶の遊覧船
洞爺湖で見かけた廃船。 単なる古い遊覧船ですが、眺めているうちに記憶がどんどんリワインドされていく。 それは、僕の記憶の底にある「遊覧船」。 そうだ、小学生の頃に家族で来た頃の現役だった遊覧船だ。 いや僕が室蘭工大で学んでいた時にもまだ現役だったはず。 あの遊覧船なんだ。 そうか、時間は過ぎていくんだね。 あの遊覧船もいまはこんな余生を送っているんだね。 今さらですが、時間が確実に過ぎていることを改めて感じた湖畔の一瞬でした。



子供の日サービスで暮れ始めた裏洞爺を車で流しながら、既に20年以上前の学生時代を想い起しておりました。 私は室蘭工業大学を卒業したのですが、似たような時刻によくオートバイでこの辺りを流していたのです。 あるときはソロで、あるときはタンデムで、あるときはツルんで。 この20年は私にとってどんな価値ある時間だったのだのでしょうか。 あのときに比べ僕の背中には家族4人が背負わさっています。 重荷と言うよりも、生き甲斐といえる存在です。 毎日いろいろと揉め事はありますが、あの頃の気持ちより今の方が絶対に充実している。 そんな心境を自己分析しながら流していた「午後5時半」の裏洞爺でした。

今月もありがとうございました。なかなか研修作業中の題材撮影が難しいのですが、来月は何とか本業の百姓仕事についてもう少し詳しく述べたいと思います。どうぞお楽しみに。

 
発行 小柴家応援プロジェクト 編集局 制作責任 小柴 孝志
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